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2005.06.28

存在するのは解釈だけである。


 

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 車をひっくり返す話で思い出した。

 僕が小学校低学年の時、『足をかけてやろう』と走行中の車に足を出したことがあった。

 怪我はしなかったけど、今、考えたら非常に危ない。怪我云々ではなく、その発想が危ない。足をかけて車が転ぶわけない。考えるだけならまだしも、実行してるなんて・・・思い出して顔が赤くなるくらい恥ずかしくなってきた。

 『経験に学ぶ』なんて言うが、こういう学び方はしたくない。
 僕は心のどこかで『車に対する敵意』でも持っているんだろうか?

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 アトピーの調子がかなり悪い。来月一番、病院に行きます。

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